オランダ駐在中に住んでいたアパートの近くにはフライドポテト屋があった。長い間、その店は前を通り過ぎるだけだったが、夕食を食べそびれたある晩、仕方がなく中に入ってみた。ドアを開けると客は誰もおらず、店の奥から店主が私にオランダ語で話しかけてきた。

オランダ語は単語をいくつか知っている程度だった私は、英語で返事をした。すると、店主は英語に切り替えて私にこう言った。「あんた、ここに住んでどれくらいだ?」私はドキッとしながら、1年くらいと答えた。

「そんなに長い間住んでいて、オランダ語が話せないのか」と店主はぶっきらぼうに言った。聞くと、彼はチュニジアからの移民で、「その土地の言葉を学ぶのは、そこに住む者の義務」というのが持論らしかった。

私は「こっちは永住するわけでもないのに、無茶言うな」と心の中で反論したが、なんだか恥ずかしい気持ちになった。フライドポテトを揚げてもらっている間に、ふと壁にかかっている賞状が目に留まった。

これは何かの賞なのかとたずねると、フライドポテトの全国大会で2位を取った時の賞状だと言う。こんな近所に全国2位の店があったのかという驚きと、移民である彼がオランダの国民食であるフライドポテトで2位を取ったということに対する敬意が沸いた。

そして、彼がこの国に渡ってきて以来、言葉と文化を学ぶために相当な努力をしてきたことと、さっき私に対して呈した忠告を自分自身で実行してきたということが素直に理解できた。

昔はレスリングの選手だったという強面の店主が、紙袋いっぱいに入れてくれた熱々のフライドポテトは、味はもちろん、形も色もきれいで、どことなく品格があるように感じた。

後日この店の話を会社の上司にしたところ、上司の息子さんから「全国2位の店」の噂がたちまち日本人学校の生徒と親の間で広がり、多くの日本人が来店したらしい。オランダ語も英語もままならない日本人たちをあの店主がどんな顔で迎えたのか、私は知らない。

私が現地でオランダ語のレッスンを受けようと思い立ったのは、もしかしたらあの店に立ち寄ったことがきっかけだったのかもしれないが、その辺りの記憶は定かではない。